人が健康になる為には何が必要なのでしょうか?
人が健康になる為には何が必要なのでしょうか?
江戸時代の学者、貝原益軒の著作である「養生訓」は現代人にとって良い健康バイブルとなると思います。
この中から探してまいりたいと思います。
まずは、長寿十訓なるものを掲げさせていただきました。これをもとに益軒的健康法を探求してまいります。
十訓
あなたは大切な自分自身のカラダを、どんなふうにいたわっていますか?
園に草木を植えて愛する人は、朝夕心にかけて、水をそそぎ土をかひ、肥をし、虫を去て、よく養ひ、その栄えを悦び、衰へを愁ふ。草木は至りて軽し。わが身は至りて重し。豈我身を愛する事草木にもしかざるべきや。思はざる事甚し。夫養生の術をしりて行なふ事、天地父母につかへて孝をなし、次にはわが身、長生安楽のためなれば、不急なるつとめは先さし置て、わかき時より、はやく此術をまなぶべし。身を慎み生を養ふは、是人間第一のおもくすべき事の至り也 これは、当薬局においてもよく話していることですが、大切にしているもの(ここでは草木を挙げていますが)に、よく手入れをし、思いやっているのに、それら以上に大切な自分自身の身体をいたわって養生しているでしょうか?
 当薬局では車に置き換えて話しますが、よく洗車をしワックスをかけている人を見かけます。手入れの届いている車は長持ちするものですが、手入れなしでこき使われている車はすぐポンコツになるものです。
人の体も同じく、早いうちから手入れをしている方は元気で長生きされているような気がします。なかなか病気になってからでないと気が付かない方がいますが、車などは調子に関係なくオイル交換しますよね。これが、人でも同じだと思います。
養生の心掛け次第で長寿を保つ事もできるし、短命で終わる事もあると言っています。
「無病息災」といいますが、「一病息災」ということばをご存知ですか?
凡の人、生れ付たる天年はおほくは長し。天年をみじかく生れ付たる人はまれなり。生れ付て元気さかんにして、身つよき人も、養生の術をしらず、朝夕元気をそこなひ、日夜精力をへらせば、生れ付たる其年をたもたずして、早世する人、世に多し。又、天性は甚(はなはだ)虚弱にして多病なれど、多病なる故に、つつしみおそれて保養すれば、かへつて長生する人、是又、世にあり。此二つは、世間眼前に多く見る所なれば、うたがふべからず。 自分は病気知らずで元来丈夫なんだ、だから好き勝手に何をやってもかまわない。と考える方もおられるでしょうが、それは間違いであると益軒は述べています。
 先ほど車に例えましたが、壊れにくいといわれる日本車もノーメンテナンスでタクシーのように使いつづけると、必ず壊れます。かえって壊れやすいものの方が慎重になるものです。
 「無病息災」といいますが、一病息災、もしくは数病息災なんて言葉もあります。持病を持つ事で身体をいたわり、大切にする事によって逆に長寿で生きられると言われる方もあります。
 頑丈であっても、健康について自信過剰は絶対に禁物ですし、病気がちで虚弱な体であっても悲観する事はないと思います。
 大事なのは病気を健康のバロメーターと捉え健康に注意する事が大切です。
江戸時代の益軒が言う腹八分目説、現代なら腹五分目ってほんとう?
珍美の食に対すとも、八九分にてやむべし。十分に飽き満るは後の禍あり。少しの間、欲をこらゆれば後の禍なし。少のみくひて味のよきをしれば、多くのみくひてあきみちたるに其楽同じく、且後の災なし。万のむくひて味のよきをしれば、多くのみくひて、あきみちたるに其楽同じく、且後の災なし。万に事十分にいたれば、必わざはひとなる。飲食尤満意をいむべし。又、初に慎めば必後の禍なし。 珍しいものを食べると、普段食べないせいか余計に美味しく感じてしまい、ついつい食が進んでしまいがちです。
 腹八分目説は益軒の有名な説です。
が、最近の日本食は欧米化して過剰栄養になってきています。
 当薬局では腹五分で十分なんて言っています。益軒の時代は江戸です。現代腹八分食べると多すぎるのです。ちなみにうちの社長は一日一食です!がとても元気です。
 当薬局でダイエットが流行っていますが、その際一日に摂取するカロリー量は約1000kcalです。だいたい旅館の朝食(和食)という感じです。
『常に病想を作(な)す』っていう古語があるそうです。いいことばですね。
古語に、「常に病想を作す」。いうこころは、無病の時、病ある日の苦しみを、常に思ひやりて、風・寒・暑・湿の外邪をふせぎ、酒食・好色の内欲を節にし、身体の起臥・動静をつつしめば病なし。又、古詩にいわく、「安閑の時、常に病苦の時を思へ」。いうこころは、病なくて安閑なる時に、初め病に苦しめる時を、常に思ひ出して、忘るべからずと也。無病の時、慎ありて、ほしいままならざれば、病生ぜず。是病おこりて、良薬を服し、鍼・灸をするにまされり。邵康節(しょうこうせつ)の詩に、其病んで後、能く薬を服せむより、病む前、よく自ら防ぐにしかず。といへるがごとし。
 病なき時、かねて慎めば病なし。病おこりて後、薬を服しても病癒がたく、癒る事おそし。小慾をつつしまざれば大病となる。小慾をつつしむ事は、やすし。大病となりては、苦しみ多し。かねて病苦を思ひやり、のちの禍(わざわい)をおそるべし。
昔の言葉に「常に病想を作(な)す」というのがあります。この意味は、健康なときに病気があるときの苦しみを常に忘れず、風・寒さ・暑さ・湿気という外的要因から防ぎ、飲食やその他の欲望を慎み、行動に慎めば病気にはならない。また、「安閑の時、常に病苦の時を思へ」という言葉もある。元気なときに病気の苦痛を思い出して忘れるなという事である。病気になってから慌てて薬を飲んでも治りにくいし、時間もかかります。・・・
 先ほど数病息災の言葉が出てきましたが、常日頃から生活態度を引き締め、健康に留意しなさいということを言っております。
 誰でもきついときには一所懸命治療したり、養生したりしますが、よくなると忘れがちです。
 最近、予防医学がよく話題に上がってきています。成人病は治らないと言われるドクターもいらっしゃると聞きます。普段からの養生がとても大切になると思います。
長寿・・・それは、心とカラダの良好な関係のこと? 一度じっくり考えてみませんか。
老人の保養は、常に元気をおしみて、へらすべからず。気息を静にして、荒くすべからず。言語をゆるやかにして、早くせず。言葉少なくし、起居行歩をも、静かにすべし。言語あららかに、口ばやく声高く、よう言すべからず。怒なく、憂いなく、過ぎ去たる人の過を、とがむべからず。我が過を、しきりに悔ゆべからず。人の無礼なる横逆を、怒り恨むべからず。是皆、老人養生の道なり。又、老人の徳行のつつしみなり。老人の保養は、常に元気をおしみて、へらすべからず。気息を静にして、荒くすべからず。言語をゆるやかにして、早くせず。言葉少なくし、起居行歩をも、静かにすべし。言語あららかに、口ばやく声高く、よう言すべからず。怒なく、憂いなく、過ぎ去たる人の過を、とがむべからず。我が過を、しきりに悔ゆべからず。人の無礼なる横逆を、怒り恨むべからず。是皆、老人養生の道なり。又、老人の徳行のつつしみなり。 お年よりに限らず、気持ちを荒くしたり、早口になったり怒ったりしないことです。
 特に食事時は厳禁だと言っています。
食事中は消化器を働かせる為に副交感神経が優位になっていますが、興奮状態だと交感神経が優位になります。この二つの神経で自律神経といいますが、この二つの神経は太陽と月のようにシーソー関係になっています。何かに集中しているときはわからなくても、ふと気を抜くとお腹が空いてくることがありますが、このときに切り替わっているのです。
 精神の安定が体調の安定を生むのですが、なかなか難しいことですね。
ただ、生きているばかりが長寿というわけではない・・・とは?
人の身は百年をもって期とす。上寿は百歳、中寿は八十、下寿は六十なり。六十以上は長生なり。世上の人を見るに、下寿をたもつ人すくなく、五十以下短命なる人多し。人生七十古来まれなり、といへるは、虚語にあらず。長命なる人すくなし。五十なれば不夭と云て、わか死にあらず。人の命なんぞ此如くみじかきや。是、皆、養生の術なければなり。短命なるは生れ付て短きにはあらず。十人に九人は皆みづからそこなへるなり。ここをもって、人皆養生の術なくんばあるべからず。
わが郷里の年若き人を見るに、養生の術をしらで、放蕩にして短命なる人多し。又わが里の老人を多く見るに、養生の道なくして多病にくるしみ、元気おとろへて、はやく老耄す。此如くにては、たとひ百年のよはひをたもつとも、楽なくして苦み多し。長生も益なし。いけるばかりを思ひでにすともとも言い難し。
人の長寿は百歳である。上寿は百歳、中寿は八十、下寿は六十である。寿命が五十にも足らずに亡くなってしまうのは、養生の術を知らずに自らの命を損なってしまうからである・・・
 日本は世界一の長寿国になりました。しかし、その内容ではまだまだのようです。
平均寿命が高くても寝たきりになっている方、また肉体は健康でも、痴呆の方などがとても多いのです。
 アメリカでは高齢の方が多い割に寝たきり、痴呆のかたの割合が日本より少ないとの結果があります。
健康で長生きがもっともですが、そのためにアメリカから学ぶことがあるとおもいます。
 益軒はまた、故郷の若者が養生法を知らないで、放蕩にふけって早くに命を落としたり、老人が病気に苦しみ、痴呆になってしまう事を憂いでいます。
 たとえ百歳まで生きたとしても、苦しみばかりで何の意味もないし、生きているばかりが長寿というわけではない。と述べています。
"健康で長生き"このために普段からの養生、健康維持を実践していただきたいものです。これで病気にならないのではなく、病気とどう向き合うかが肝要になってきます。
 そのためのお手伝いをしていきたいと思っておりますので、お気軽にご相談ください。